デフレの脅威を知る

以前、飯田泰之先生の本を読んで、経済について勉強しました。

「経済の教室」で勉強しました - 男爵いもの日記

さらに経済について深く知りたくなり、前日本銀行副総裁の方が書いた本も読んでみました。

岩田規久男『なぜデフレを放置してはいけないか 人手不足経済で蘇るアベノミクス』(PHP新書、2019年)

 デフレの脅威

デフレが恐ろしいのは、自殺者の増加につながることと、イノベーションを停滞させてしまうことです。

 

デフレは失業者の増加につながります。

デフレでは物価が下がりますが、額面上の賃金(名目賃金)は簡単には下がりません。

そのため名目賃金から物価の影響を引いた賃金(実質賃金)が上がります。

労働の生産性が上がらない中で実質賃金が上がると、企業にとって収益を圧迫します。

結果、企業の倒産の危険が高まります。

 

企業は、倒産しないよう利益を確保するために、人件費を減らします。

その手段は新規採用を控えること、非正規社員を増やすことです。

そのため、新卒で就職できなかった若者は失業者となってしまいます。

また就職できても、非正規社員の場合はいつ解雇されるか分からず、賃金も正社員よりも低く抑えられています。

 

以上のように、デフレでは倒産、失業、非正規雇用といった過酷な環境に耐えかねて自殺する人が増えました。

特に1997年の消費税増税により、失業者が増え自殺者が年間3万人に跳ね上がりました。

デフレは人を死に追いやるのです。

 

次にデフレでは新規参入の企業を廃業に追い込み、イノベーションを停滞させます。

古くは不況の時こそイノベーションによる創造的破壊が起こり、企業の新陳代謝が起きる、考えられてきました。

代表的なのはアメリカの経済学者J・A・シュンペーターです。

シュンペーターは、デフレ不況下での企業の倒産・廃業の増加は、生産性の低い企業を淘汰し、生産性の高い企業に資金や労働力を配分する機会である、と考えました。

 

しかし、実際に平成の失われた20年でイノベーションは増えたのでしょうか。

実は平成のデフレ不況では、バブル期に比べて開業率が下がり、廃業率が上がってしまいました。

ベンチャー企業は既存の大企業に比べて純資産は多くありません。

株価が低迷し資金調達が困難なデフレでは、新規参入するベンチャー企業に不利です。

その結果、新しいイノベーションを起こそうとするベンチャー企業の方が淘汰され、純資産が多い既存の老朽企業が生き残ってしまいます。

 

デフレではイノベーションが引き起こしにくいのです。

 

失われた20年

デフレを引き起こした原因はなんだったのでしょうか。

岩田先生は、80年代から90年代にかけての日銀の金融政策の基準を知る事が重要だ、と述べています。

 

日銀は81年から段階的に公定歩合を引き下げていました。

公定歩合とは、日銀が一般の銀行に貸し出す際の基準となる金利です。

プラザ行為による「ドル高是正」と相まって円高が進み、株価と地価も上がりました。

バブル景気です。

しかし、日銀は89年を境に急激に公定歩合を引き上げ(利上げ)、金融引き締めを行います。

その結果、地価と株価が大きく下落しました。

 

連続した利上げは、日銀から供給されるマネタリーベースの減少、または増加率の低下を招きます。

マネタリーベースとは、日本銀行券(お札)と日銀当座預金(金融機関が日銀に預けている預金)の合計のことです。

 日銀は89年から急激にマネタリーベースを減らし、市中に回るお金の量を減らしたのです。

その結果、資産価格が暴落し日本経済の膨大な富が消失しました。

この資産価格が下落している状態を「資産デフレ」と呼びます。

 

資産デフレは放置しておくとデフレにつながります。

市中に出回るお金が減るとモノやサービスの需要が減り、物価が下がり始めるためです。

解決策は公定歩合を引き下げてマネタリーベースを増やすことですが、当時の日銀は減らし続けました。

株価が暴落した後に日銀は公定歩合を引き下げましたが、わずかなものでした。

バブル崩壊とデフレのきっかけは日銀の金融政策の失敗から起ったのでした。

 

アベノミクスの金融緩和

デフレになった日本経済を元に戻そうとして実施されたのが、アベノミクスです。

これは、金融緩和、財政出動、成長戦略、の「3本の矢」によって成り立っています。

しかし岩田先生によると、財政出動と成長戦略は金融緩和が土台である、と述べています。

 

金融緩和は、デフレ下で潜在GDPよりも大きく低下した実質GDPを、潜在GDPまで引き上げる政策です。

詳しくは以前の記事、

「経済の教室」で勉強しました - 男爵いもの日記

を参照ください。

 

 他にも金融緩和は、財政出動を行う下準備でもあります。

財政出動だけをすると、貨幣の需要が高まるため金利が上がり、円高になります。

円高になると輸出や輸入と競合するサービス(国内旅行サービスなど)に対する需要が減ってしまいます。

財政出動による需要の増加が、一連の需要の減少によって相殺されてしまい、効果が限定的になってしまうのです。

一方、金融緩和と併用して行うと、金利の上昇を防ぐことができます。

金融緩和は財政出動の効果を発揮するために必要条件なのです。

 

また金融緩和は、民間企業に資金調達しやすくさせます。

金融緩和は、名目金利の上昇を抑えつつ、予想インフレ率を引き上げるます。

名目金利とは物価上昇率を考慮しない金利、予想インフレ率とは市場が期待する将来の物価上昇率です。

このため、企業は将来のインフレを見越して、金利が安いうちにお金を使うようになります。

金融緩和の結果、企業は積極的に設備投資するようになるのです。

 

消費税増税の影響

しかし金融緩和も万能ではありません。

消費税が5%から8%に上昇した2014年4月以降、消費が落ち込みました。

その結果、景気が悪くなるのではないかという考えから、予想インフレ率が下がってしまったのです。

このように消費増税は、金融緩和の効果を削いでしまうのです。

 

そもそも企業や家計が積極的に生産、消費、投資すると名目GDPが上がります。

名目GDPが上がれば自然と税収が増えます。

しかし、消費税の増税は名目GDPを下げてしまいます。

消費税増税で税収を増やそうとしても、名目GDPが減った分、税収が減り、結果として税収が増えません。

よって名目GDPを上げれば税収が増えるため、消費税増税する必要はないのです。

2014年の消費税増税は、金融緩和の効果を損ねるものだったのです。

 

私見ですが、この時に消費税増税を考えた関係官庁は、景気を回復させたくなかったのか、疑ってしまいます。

 

最後に

この本は上記の内容のほかに、金融緩和に対する誤解を解いています。

また、不況の原因はデフレでなくほかにある、といった論調にも異を唱えています。

岩田先生は20年前からデフレ不況には金融緩和が効くと訴えていただけあり、データを元に説得力のある考えを述べています。

2013年度から始まったアベノミクスを知る上で、今後も参考にしたい本だと思いました。