選挙の技術によって進む「アイデンティティの分断」

今回も渡瀬裕哉先生の本を読みました。

読んだ本は、

渡瀬裕哉『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎、2019年)

です。

 

 

キーワードは「アイデンティティの分断」

この本は、「アイデンティティの分断」をテーマに書かれています。

アイデンティティの分断」とは、「政治的な意図を持って人々に自らが属する集団に対して過度の同一化を促し、対立する他集団に属する人々を敵対勢力として認識させる社会状況」を指します。

例として、「高所得者低所得者の分断」が挙げられます。

 

アイデンティティの分断」は、本来多様であるはずの人々のアイデンティティを画一的で単純なものに押し込めてしまう危険があります。

さらに「アイデンティティの分断」によって合意を生み出せない場合、渡瀬先生は「民主主義は歴史的使命を終えるだろう」とまで述べています。

しかし一方で、「アイデンティティの分断」の発見自体は、人間社会に豊かさをもたらすものと述べています。

理由は、多様なアイデンティティの存在は人生に無限の選択肢を与えるためです。

このため私は、「アイデンティティの分断」そのものは悪ではなく、人々が画一化・単純化されることに対してどのような対策をすべきか、が重要てあるように思えました。

 

アイデンティティの分断」を利用する現代の選挙

アイデンティティの分断」は、選挙マーケティング技術の発達によってもたらされたと、渡瀬先生は述べています。

選挙マーケティング技術とは、「社会に存在するアイデンティティの分断を発見し、その分断の認知を広く流布し、なおかつ有権者アイデンティティを画一化に向けて誘導する技術」としています。

日本における例は、2005年の郵政選挙です。

 

選挙マーケティング技術は、知識人・メディア・情報技術の3つが組み合わさって成り立っています。

知識人の役割は「アイデンティティの分断」を発見することです。

知識人は、科学的な要素を踏まえて、人間社会を複数のグループに隔てる断層を見つけようとします。

例えるならば、ワイドショーに出てくる教授などの肩書きを持ったコメンテーターでしょうか。

彼らは、研究意欲や正義感から「アイデンティティの分断」を見つけようとしますが、結果的に社会を引き裂くネタを後述のメディアに提供していることになります。

 

 メディアの役割は、「アイデンティティの分断」を社会の隅々までに浸透させることです。

メディアは常にニュースのネタを探しています。

そんなメディア関係者にとって重要な情報源は、面白そうなネタを提供し権威もある前述の知識人です。

新しいを提供してくれるため、都合が良いのです。

さらに「アイデンティティの分断」は視聴者受けが良いため、多種多様なメディアによって何度も伝えられ、周知されていくことになります。

 

情報技術の発達は、「アイデンティティの分断」を促進していきます。

理由は、人々の個人情報を集めるハードルを下げ、選挙に活用することで各有権者の潜在ニーズを堀り起こせるためです。

例えば、携帯端末の位置情報から人物の動線を割り出し、その人の政治的傾向を推測する試みがあるそうです。

政治集会に参加した人にフォーローアップのための情報を送ることもできるため、より一層「アイデンティティの分断」が進みます。

 

このように現代の選挙では、知識人によってアイデンティティを分断され、メディアによって分断を周知徹底され、情報技術によってタイムリーな政治情報を届けるようになっているのです。

 

現代社会を生き抜くために

渡瀬先生が本書で最も伝えたいメッセージは、

・政治が求める「アイデンティティの分断」から脱却すること

・自ら意識してアイデンティティを取捨選択し、優先付けをすること

の重要性です。

そのために具体的な行動として、

アイデンティティの分断自体をむやみに否定しないこと

・むしろアイデンティティの新たな選択肢を得る機会として積極的に活用すること

・アイデンティテの取捨選択・優先順位付けを慎重に行うこと

を挙げています。

渡瀬先生は、この自らでアイデンティティに関する判断を行う力を「自由意思」と呼んでいます。

「自由意思の活用」こそが「アイデンティティの分断」が引き起こす諸問題に対する、最も効果的な処方箋である、と述べています。

 

渡瀬先生は、「アイデンティティの分断」を防ぐ方法の1例として、読書の重要性を挙げています。

読書は、地縁・血縁・身分などの基礎環境によって、自らのアイデンティティが覆われている場合に有効です。

この場合は、基礎環境によってできた前提が邪魔をして、考えるための知識が不足しています。

本は先人の知恵の固まりであり、読書を通じて多面的な視点や考え方を身につけることができます。

読書によって、基礎環境によって固まってしまった思考から抜け出すために、自分は何をすべきか考えるようになるのです。

 

本を読んで

渡瀬先生の本を読んで、画一化された「正解」を求めるのではなく、「多様な選択肢」から選ぶことが重要である、と私は考えました。

なぜなら、「正解」を求めようとすると、自分と異なる「正解」を求めた人と不毛な争いになると考えたためです。

この場合は、誰かが決めた対立点に踊らされているようにも思えます。

それよりも、豊富な選択肢の中から他人と共通のものを見つける方が、「アイデンティティの分断」から影響を受けにくくなると思いました。

そのためにも多くの本を読み、多くの選択肢の中から自分と共通のものを持つ人と会い、優先順位を整理した上で、政治に参加したいと思いました。